Original Update by Keith Allison

よく、キャッチボールがうまくできてないとか言うじゃないですか。会話の。
あれ、おかしいと思うんですよ。荒すぎだろと。そんなに会話は簡単じゃないぞと。

初対面の人との会話とかどうなるんだと。手探りな感じでそ〜っと球投げるキャッチボールなんておかしいし、ましてや、そんな球取れねぇよってくらいのノーコンの豪速球を投げられる時だってあるわけじゃないですか。喧嘩かと。いや初対面でそんな突っ込んだ事聞かないでしょ?みたいな。そんな時、取ったふりして続行するしかないわけですよ。わけわかんないでしょ、これ。

いや初対面に限らず、恋人同士とかだってそうですよ。キャッチボールみたいにポンポンやり取りできてたら、そもそもすれ違いなんて起こらない訳ですよ。伝わらないからこその、伝わった時のうれしさみたいなものがあるわけじゃないですか。

もちろん大概、会話がうまくいっていない時に使われる言い回しだっていうのはわかりますよ。それでも、そもそもキャッチボールみたいにポンポン投げ返せる会話ってそんな多くないだろうと。相手を不快にさせないために、言葉を選んだり、機転を聞かせて、なるべくいい返しをしようとするのが普通じゃないですか。

日本人の場合、行間・空白で伝えるっていう高度なコミュニケーションが文化としてあるわけで、あえて言わないっていうコミュニケーションもあるわけですよ。ポンポンやり取りできないからこそ、こういう文化ができたんじゃなかったのかいと、私は思うわけです。

 

 

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